野生の人文学

思考の壁をぶち破り創造的破壊へ。人文ベンチャー起業家、チャーリー北川のブログ

家族だからこそ関係性は難しい

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こんばんは!野生の人文学家、チャーリー北川です。

今日のテーマは「家族」の関係性。
「家族」という単語を聞いてあなたはどんなイメージを持ちますか?
仲睦まじく団らんする食卓?
仕事を終えて帰る安心の巣?

ところがどっこい、家族ほど関係性が拗れる間柄も無いんじゃないでしょうか。

 

私自身の経験ですが、最初に人間関係に絶望を感じたのって両親のケンカだったりします。

  • 大好きな父と母がいがみ合うのが怖くて悲しくて、勇気を出して仲裁に入ろうとするも相手にされず無力感を蓄積したり。
  • 母親に同情して父親に不信感募らせちゃったり(後から、意外と父親の方が理屈が通ってたりすることに気づいたり)。
  • ケンカすれどもすれども、話が一向にかみ合わない2人のやり取りを冷めた目で見るようになっちゃったり。

夫婦を例にとりましたが、父と息子しかり、母と娘しかり、家族相手だからこそ相手が理解できないことが決定的な溝になってしまうこと、ありますよね。

 

例えばこれがイスラム系の方相手の場合、私たちは相手が自分と違う考え方を持っていることに何も不満を抱きません。
何故なら、人種的・宗教的・文化的・社会制度的に異なる背景の相手が「違っていること」は自明だからです。
だから、双方が相手を理解するのに努力が必要であることも当然のこととして受け止めます。

 

例えばこれが中国人相手の場合、ちょっと話は違ってきます。
昨今の日本国内で中国に対する反感が募る背景には様々な事情がありますが、一つの理由として「中国人は信用ならない」というのがあると思います。
ただし、これも様々な民族が流動的に覇権争いを繰り返してきた中国の歴史と、その中で培われた中国人の人間関係に対する考え方を理解さえすれば、「ああ、それでか。」と納得できるものだったりします。

 

何故、中国人に対しては違いを理解せず反感だけ募らせてしまうのか?
それは、日本人と中国人が違うからではなく、「似ているから」です。
人種的にも、文化的にも(日本文化の大本は大体中国由来です)似ているからこそ、相手を自分と同じだと想定してしまう、「違う」ことに不満を持つのです。

 

同じことが「家族」に対しても言えるのでは無いでしょうか?
「夫なんだから・妻なんだから」理解してくれて当然。
「親なんだから」理解してくれて当然。
「子なんだから」理解してくれて当然。
これが、家族だからこそ関係性が拗れやすくなる大きな原因の一つです。

 

人間が言葉に出す、行動で表す、表情に表す、考えや感情の背景には、膨大な過去の記憶と判断基準の蓄積があります。

その蓄積は当然ながら本人の頭の中にしか無いですし、他人とはデータを蓄積しています。


やっかいなのは、普段の会話で自分が何を元にその考え・感情・言葉・表情・行動をチョイスしているのかまで意識しないということと、無意識に自分の基準が正しいと思ってしまうこと。

この無意識の部分まで相互理解を深められるようになったとき、本当に安心できる、仲睦まじい家族が実現できるようになります。
無意識について興味ある方は、こちらの書籍なんかオススメです。

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家族だからこそ、相互理解の努力を!!